お子さんは幸せに向っていますか?

つばめ学院の関口です。

 

先日、「日本で学歴に意味はあるのか」という記事を目にしました。

(今日のブログでは、その記事の内容を参照することはないので、リンクはしません。)

 

記事を読んで思ったのですが、「将来の安定に対する不安」というか、「確たる何か」を求める志向が非常に強く世の中にあるのではないでしょうか。

 

これは、保護者の皆様が個々にどうお考えであるか。に委ねたいと思います。

 

 

今日は私の思うところを書きます。

 

 

学歴に意味がるのではなく、「やったという経験」に意味がある。

 

そして、

 

その意味(意義)は「やった者」にしか分からない。だから、「やらない者」は大人になっても、その価値が分からない。

 

そう考えています。

 

 

つまり、

 

「勉強する事になんの意味があるんですか?」という質問は、勉強しない人からしか出ないという事です。

 

なぜなら、勉強した人は身をもって「どのような意味があるか」分かっているから。

 

そして、「やらない人」にはどんなに説明しても、その説明は届かないんです。

 

 

 

私が教室で使う例え話は、こうです。

 

「先生がね、これまで水以外の飲み物を飲んだことがない人だとして、コーラの味を説明してよ。」

 

というものがあります。

 

私は次々に質問します。

 

「コーラって美味しいの?」

 

「それって、どんな感じの味なの?」

 

「コーラを水に例えると、どんな水?」

 

多くの子は途中でイヤになって言います。

 

「もういいよ。コーラ飲んでみる方が手っ取り早いじゃん」

 

その通り。

 

そして、全く同じ事なんです。

 

勉強する方が、手っ取り早く意味が分かります。

 

 

学歴の意味(意義)も同じです。

 

学歴を身につける事にどれだけの価値があるのかは、身につけてから知れば良い事です。

 

いらなければ捨てれば良い。

 

「そんな事を言うけど、その学歴をつかむためにどれだけのお金を使うと思っているんだ」

 

というお叱りを頂きそうです。

 

少し棘のある言い方をしますが、そういう考え自体が間違っていると思うんです。

 

あくまで私の考えです。

 

塾に我が子を通わせる。そのためにお金を塾に払う。

 

 

 

そのお金はなんのためのお金ですか?

 

 

 

私は明確にお答えしています。

 

「お子さんを幸せにするためのお金を頂戴しております」

 

生徒の「幸せ」にしか、関心はありません。

 

学校の成績も、受験の結果も、偏差値も、内申点も。。。

 

全ては、その子が「幸せ」になれるかどうかという目的に照らして考えなければならない事なのではないでしょうか。

 

その目的を見失えば、もう何も残らない。それが教育に対する「投資」というものだと思います。

 

 

お子さんがどうなれば「幸せ」なのか。

 

そこに、

 

「正社員になることが幸せ」

 

「お金があれば幸せ」

 

と、真顔で言う人は少ないと思います。

 

「笑顔で自分らしく生きていくことが幸せ」

 

これに共感して頂ける方は多いのではないかと思います。

 

 

じゃあ、なんでそこに

 

大学卒業後の就職率

 

だとか、

 

生涯獲得賃金の平均

 

が出てくるんですかね?

 

 

どれも、幸せを構成する「一要素」にすぎないですよ。

 

 

 

勉強の目的は「より幸せな人生を獲得する」という事です。

 

全てはそれを構成する要素であり、そこに至るプロセスです。

 

 

「いま、ここ」での教育が、その目的に真っ直ぐ向っていないのだとしたら、その事が大問題だと思っています。

 

だからこそ

 

つばめ学院は「いま、ここ」の教育が、「幸せ」に真っ直ぐ向っているかを日々、全力で振り返ります。

 

 

 

最後まで読んで頂いて、ありがとうございます。