2018年5月18日
Vol.746
つばめ学院の関口です。
突然ですが「福翁自伝」をご存知でしょうか。
タイトルがそのままと言えば、それまでですが、これは福沢諭吉が残した自伝です。
幕末から明治にかけて、「学問」に身を捧げた生涯が丁寧に描かれています。
こちの本、端的に「面白い」んです。
是非、多くの方に読んでもらいたいなぁと思っています。
私も塾で生徒に、福翁自伝からのお話をしたりします。
横浜でのエピソード
私が特に好きなお話があります。
それは、福沢先生が横浜の港で受けた大きなショックにまつわるお話です。
当時、福沢先生は「蘭学(オランダ語)」を懸命に学んでいました。
自分が日本で一番だという強い自信を抱くほどに強烈に勉強します。
(この「強烈さ」は福翁自伝の面白さに1つです)
この当時の日本では、「西洋の学問はオランダ語で学ぶ」というのが標準。というより、他の選択肢は皆無でした。
その中で、蘭学を学んで自信をつけた福沢先生が横浜の港で大きなショックを受けるのです。
船から降ろされた荷物に書いてある文字を試しに読もうとする、、、、読めない。
道行く異国の人に声を書けてみる、、、、通じない。
もう、「今まで俺はなんのために、何をやってたんだ・・・」みたいな気分になりますよね。
事実、当の福沢先生本人も大きく落胆して江戸に戻ることになります。
日本に入ってくる西洋の書物のほとんどは、確かにオランダ語ではあったのですが、横浜の港で出会った文字は「英語」だったんですね。
それで全く読めないし、通じない。と。
切り換えの早さ
このエピソードのすごいところは、江戸に戻ってからの行動です。
「横浜の現場で使えない」と知るやいなや、福沢先生はあっさりと「オランダ語から英語」への切り換えをします。
いままで、相当に苦労して、やっとの思いで身に付けた「オランダ語」。
それを、
「だって、使えなかったんだもん」とアッサリと切り替えるところがさすがなのです。
当然、まわりには「いやいや、オランダ語で書かれた洋書もたくさんあるし」と説得する仲間もいますが、福沢先生は意に介さない。
さっさと「英語の先生」を探し始めてしまうのです。
知識能力を身につける時には、誰よりも努力する。
そして、身に付けた知識能力を過大視せず、それにこだわり過ぎない。
そういう力強い生き様が伝わってくるように思います。
今の日本では
この福沢先生のような考え方というのは、実はいまの日本にも合っているように思います。
確かに、幕末から明治にかけての時代は、おそらく今の日本以上に「激動」の時代です。
昨日まで使えたものが、明日から役にたたなくなる。そんな時代です。
そういう意味では、私達がいま「10年後にAIに代替される仕事」などを聞いてそわそわしてしまうのと同じかもしれません。
その中で、おそらく福沢先生が大切にしてきた事は
「俺は一生懸命に努力して○○を身に付けた」
ではなく
「○○を身につけるために、一生懸命に努力できた俺」
なのではないでしょうか。
藤原和博さんという方が「自分のレアカード化」という話をされています。
福沢先生の生き方に似たものを感じています。
簡単に「自分のレアカード化」のお話をご紹介しておきます。
「100人に1人」という能力を3つ掛け合わすことで、その人は「100万人に1人」の人財になれる。
(1/100 ☓ 1/100 ☓ 1/100 = 1/100万 という計算です。)
これが「自分のレアカード化」という考え方です。
そして「100人に1人」というレベルを「社会人として1人前」と考えています。
社会人ではなくても良いですが、一通りの知識を備えた人。という感覚です。
私の場合で言えば、物理や会計理論なんかは「同世代を無作為抽出」した100人の中で1人くらいにはなると思います。
有名な10,000時間の法則を適用すれば、人はおおむね10,000時間を同じことに費やすとその分野の「1人前」として認められるレベルになるそうです。
普通の社会人であれば、260日☓8時間☓5年 = 10,400時間。なので、5年でだいたい1人前に達するという感覚です。
これからの激動の社会を生きる生徒達には、是非とも福沢先生の生き方を見習って欲しいと思います。
そして、「100人に1人」程度で良いので、その能力の数を増やし、掛け合わせで価値を出す人になってもらいたいのです。
最後まで読んで頂いてありがとうございます。