デジタルネイティブに知識は不要?

2020年7月29日

vol.861

 

つばめ学院の関口です。

 

私が初めて買ったパソコンはIBMのAptivaというシリーズで、ハードディスクのサイズは3GBでした。

インターネットにはダイヤルアップで接続していたので、インターネットと電話を同時に使うことができない。そんな環境でした。

 

私の昔話はどうでも良いのですが、その時代と比較した今は全く違う社会が出現しました。

そんなデジタルネイティブ世代の学習について思うことを書きます。

 

 

全てはネットに書いてある?

インターネットの出現によって、まずその価値を下げられてしまった事の1つに「記憶すること」があります。

以前であれば「物知り」はたくさんの事を知っているだけで価値がありました。

「何でも知っている」という事は「頭の良さ」を表現する言葉でした。

 

でも今は違いますよね。

「知っている」だけでは意味がない。そんな考えが当たり前になっています。

そう考えるのはごく当然で、たいがいの情報は「ネットで検索できる」時代になっています。

 

だからこそ、「頭の中に知識をためておく」ことには価値がないと思われがちです。

教室で生徒と話をしていても、「どうせこんなの覚えたって、ネットで検索すればすむんだから意味ないよ」と言う子もいます。

 

義務教育過程の内容は本当に覚える価値を失っているのでしょうか?

 

 

ウィキペディアを読めるということ

「ネットで調べる」という言葉ですぐに思い浮かぶのは、「ウィキペディア」ではないでしょうか。

ある程度のまとまった情報を得るのにはとても便利なものです。

ウィキペディアが世に知られるようになったばかりの頃は「質を担保できない情報」の代名詞のようなものでしたし、いまでもウィキペディアで物を調べることに対して眉をひそめる方もおられると思います。

 

とはいえ便利なものは便利です。

そこそこ詳しくて、それなりに正しい。そういう情報が欲しいことは多いですよね。

 

少し話を戻します。

私が書きたいポイントは、いまのデジタルネイティブ世代は「情報はウィキペディアにあるから覚えなくて良い」と割り切って良いのかどうか、です。

 

先に結論を言えば、

そう簡単にはいかない。むしろ「ウィキペディア」を読むために基礎的な情報が必要なはずなんです。

これは私が熱弁するまでもなく、多くの大人が実感されている事だと思います。

 

 

その先にある二極化

試験前に「スマホで調べ物をする!」と言う生徒がたまにいますが、私はかなり疑問です。

一緒に見てみると、社会の歴史や地理の用語を調べようとしても「ウィキペディア」に行き着いて、その情報を消化できずに終わるのです。

 

例えば「フィヨルド」と検索すると、すぐにウィキペディアがヒットします。

その説明が、

「フィヨルド(ノルウェー語等:fjord、異称:峡湾、峡江[1])とは、氷河による侵食作用によって形成された複雑な地形の湾・入り江のこと。ノルウェー語による通俗語を元とした地理学用語である。湾の入り口から奥まで、湾の幅があまり変わらず、非常に細長い形状の湾を形成する。」

です。

 

中学生にとってこの文章を理解するよりも、教科書を読み返す方が圧倒的に理解しやすいですし効率的です。

特に中学生の試験前などに「調べ物」といってネットを使おうとする生徒に対しては、まず「教科書の内容」をしっかりと理解するように話をしています。

もっと言うならば、中学生は「ウィキペディア程度の文章」を難なく読めるために日々の勉強をしていると見ることもできると思います。

 

別の例を出します。

「杉原千畝」と検索してみると、これもウィキペディアがヒットします。

説明は

「第二次世界大戦中、リトアニアのカウナス領事館に赴任していた杉原は、ドイツの迫害によりポーランドなど欧州各地から逃れてきた難民たちの窮状に同情。1940年7月から8月にかけて、外務省からの訓令に反して[1]大量のビザ(通過査証)を発給し、避難民を救ったことで知られる[2]。その避難民の多くがユダヤ人系であった[注釈 1]。「東洋のシンドラー」などとも呼ばれる。」

です。

 

もちろん、この文章で十分に分かりやすいのですが、第二次大戦中にヒトラーが率いるナチス・ドイツがユダヤ人を迫害していたことは当然の前提として直接的には書かれていません。

しかし、中学生がこれを理解するうえでは、ナチス・ドイツとユダヤ人迫害の知識は大前提として必要です。

 

「杉原千畝」については、もちろん教科書にも記述があります。

「第二次大戦のさなかの1940年7月、ポーランドのユダヤ人が、ナチス・ドイツの迫害から逃れるため、ソ連と日本を通過してアメリカなどにわたろうと、リトアニアの日本領事館におし寄せました。領事代理の杉原千畝は、ドイツと同盟関係にあった日本政府の意向を無視して、1ヶ月にわたり、寸暇を惜しんでビザ(査証)を書き続け、約6000人もの命を救いました。(後略)」

圧倒的に後者の方が分かりやすいですよね。

 

多くの中学生にとって、まだまだネットの情報は「過不足の多い情報」だと思います。

そしてその情報をうまく使いこなすために必要な基礎情報こそが「義務教育での知識」ではないでしょうか。

 

そう考えると、中学の学習がその後の人生に大きな影響を与えることが分かります。

 

ウィキペディアの情報全てを自由に使える大人

ウィキペディア程度の情報を理解できない大人

に分かれてしまうからです。

 

もちろんウィキペディアは1つの例です。

インターネットが持ち得る膨大な知識にアクセスできるかどうか。

それは「ネット環境があるか」ではなく「基礎知識があるか」が決定的に大切なはずです。

 

最後まで読んでいただいて、ありがとうございます。